映画『マスカレード・ナイト』

©︎2021 東野圭吾/集英社・映画「マスカレード・ナイト」製作委員会

PRODUCTION NOTES

練りに練った緻密な脚本
興行収入46.4億円のヒットを叩き出した前作から2年。原作者・東野圭吾の絶賛コメントも嬉しい後押しとなり、順調に続編の製作が決定する。前作から引き続き監督を務める鈴木雅之(以下、監督)は、「東野さんは『マスカレード』シリーズをご自身の中でも大事なシリーズだとおっしゃっていたので、東野さんが完成作を見て喜んでくれたことは非常に嬉しかったですね」と当時を振り返る。
いざ脚本作りの段になり、未曾有のパンデミックが映画界も直撃。多くの作品の製作、公開が延期を余儀なくされる中、「2020年はずっとこの作品の脚本作業をしていました」と語るのは若松央樹プロデューサー(以下、若松P)。週に1度は打ち合わせをし、細かな修正を重ねた脚本は、気付けば50稿をゆうに超えていた。
原作からの一番の大きな変更点として、原作では数日に及ぶ物語を大晦日の1日にギュッと凝縮したこと。東野自身も当初はそのアイディアで原作を書くプランがあったため、映画化に際しての変更を快諾。「24時間の出来事を映画にするのは初めての経験でしたが、映画の尺を考えればこの作りにした方がいいだろうという話は早い段階から出ていました。ただ緻密に計算された原作ですので、簡単にはいかない。脚本家の岡田道尚さんも理数系の頭をもった方で、ひとつひとつの出来事をパズルのように組み合わせて構築していくという作業を皆で延々とやっていましたね。結果論ですがコロナ禍のせいで時間はたくさんあったので、そこは妥協せずにじっくりやっていけたとは思います」(監督)。「ミステリー要素は簡単にカットしてしまうと、あとから整合性がとれなくなるので、一度やってみてこれはダメだというのを繰り返して脚本がどんどんブラッシュアップされていきました。人間ドラマ部分で言うと、前作とは真逆になるんですが、山岸が新田という刑事から影響を受けてどう変わっていくかというのをひとつの軸にしています。前作は新田がホテルマンになって山岸からいろんなことを学んでいきましたが、今回はその逆。監督はこの2人のバディの成長を見せたいという思いがあったので、その要素を散りばめていくことを意識しました」(若松P)。実は原作では山岸の細かなバックボーン描写は意外と少ない。「山岸が人としての階段を一歩上がるようなストーリーにしたのは、映画オリジナルです。新田と山岸の関係性に観客が何を期待するかはなかなか難しいところですが、恋愛ではなくともただ一緒にいるだけで、関係性が一歩前進するというようなニュアンスでいいかなと個人的には思っています」(監督)。
木村、長澤を筆頭に豪華キャスト陣がスクリーンを彩る
新田役の木村拓哉、山岸役の長澤まさみはもちろん、メインキャストは全員が続投。木村はまさに今回の一番の原作からの変更点=1日に詰まったストーリー展開について、「どう(物語が)圧縮されているのか、そこを自分自身が一番見てみたい」と期待をこめて語っていた。長澤は「続編ということで緊張感もプレッシャーもありました」と振り返りつつ、「山岸はコンシェルジュに昇格していますし、ホテルマンとしても成長しています。仕事っぷりが上がっている山岸に注目してもらえると嬉しいです」と頼もしい。
新田と山岸の一番の理解者でもあるベテラン刑事・能勢に小日向文世、捜査一課係長・稲垣に渡部篤郎、他に梶原善、泉澤祐希、篠井英介といったおなじみの警察メンバーと、山岸の優秀さを買っている総支配人・藤木=石橋凌を筆頭にした鶴見辰吾、東根作寿英、石川恋らの“ホテル・コルテシア東京”メンバーも再集結。今回は新たに石黒賢演じる氏原という有能なホテルマンも加わり、警察VSホテル――それぞれの正義が火花を散らす。
そして『マスカレード』シリーズといえば、次々に訪れる主役クラスの豪華キャストも間違いなく見どころのひとつ。「本当に素敵な方たちばかりでした。今回初めましての方も、以前共演経験がある方も、今一度その方の1ファンになれる。それは鈴木組という場所がそうさせてくれるのかもしれないです」と木村も語っている通り、たとえ出演シーンが短くとも強い印象を残す演出は監督のあたたかい人柄と、確かな手腕ゆえだろう。中村アン、田中みな実、沢村一樹、勝村政信、木村佳乃、凰稀かなめ、麻生久美子、高岡早紀、博多華丸という個性豊かな面々がスクリーンを鮮やかに危険に彩っている。
情熱的なアルゼンチンタンゴで幕開け!
本作は新田とダンス講師・奥田(中村アン)の情熱的なアルゼンチンタンゴで幕を開ける。続編にありがちな「この2年間、それぞれのキャラクターがどう過ごしていたか」をあえて描かずに、突然のダンスシーンを冒頭にもってくる“飛び方”がいっそ心地いい。だがこのダンスシーンこそ、木村が意外にも非常に苦労していたパートでもあった。多忙を極める木村は、中村や他のキャストよりダンスレッスンを始めるタイミングが遅れ、短期間で猛特訓を積むことに。「僕らからしたら彼は踊れる人。でも実際やってみると同じダンスでも全然違うことが分かって、最初の頃はかなりナーバスになっていた時もあったみたいです。彼は責任感が強いうえに、普段は何でも完璧にこなしてしまうタイプだから、それゆえにできないかもしれないという恐怖があったのかもしれません」(監督)。ただやはりそこは木村拓哉。「今までやってきたダンスとは全然別物です」と言いながらも、周囲が驚くほどの勘の良さでみるみるうちに上達。初心者には非常に高いハードルのシーンもあったものの、プロのダンス指導者も思わず拍手を送るほどのクオリティに仕上げてみせたのだ。「最初はあそこまでの尺を撮る予定はなかったんですが、あれだけのものを見せられると、自然ともっと映像に収めたくなりますよね」(監督)。高いピンヒールでバランスを崩しかけた中村を瞬時に支えるなど、すべての仕草がジェントルな木村に現場のテンションも最高潮。ダンスに映えるようあえて少しゆるく流した無造作ヘアも、前作以上にワイルドな男の色香にあふれていた。
異空間なメイン舞台=ホテル・コルテシア東京の豪華セット
一歩足を踏み込むとそこは別世界―― 。前作と同じく東宝スタジオで最大級のNO.8ステージに作り込まれた、“ホテル・コルテシア東京”のロビーセットはラグジュアリーな空気に包まれている。「ある意味すごく舞台っぽい話なので、あのセットは異空間でなくてはならない。キャスト陣もそれを分かっているので、舞台に上がってからが勝負という気持ちで臨んでくれていたと思います」(監督)。美しいシンメトリーを意識したゴージャスな空間の裏には、リアリティあふれるバックヤードが広がるのも前作同様。だが今回は山岸の新しい定位置である重厚な“コンシェルジュデスク”を、フロントと同じく芝居場のメインとして配置。「コンシェルジュデスクをどこに置くかはかなり悩みましたが、結論としてはコンシェルジュデスクを入れることで全体を縦に少しだけ広げています。そのぶんバックヤードを狭くしていますが、おそらくほとんどの方は気付かれない程度のずれですね」(監督)。 この場所には本物のホテルさながらに、多くのキャスト(=宿泊客)が出たり入ったりを繰り返す。しかも舞台は大晦日。数時間後にマスカレード・ナイトを控えているとあり、ロビーにはすでに仮装したゲストもちらほら。定番の人気キャラクター、全身を包帯でグルグル巻きにした男性、思わず二度見したくなるような奇抜なゾンビメイクなど、個性的な仮装で次々現れるエキストラ達を興味深げに眺めるキャスト陣。だがいざこのセット=舞台に立つと、エキストラも含め全員が役者。様々なことが同時多発的に起こるのも本物のホテルと全く同様で、カメラは縦横無尽に切り返しを繰り返し、キャストはカメラがメインで狙っていない時でもそこに立ち、芝居を続けなくてはならない。当然カット数も膨大だ。そんな中大勢のキャストの間を縫い、人一倍アグレッシブに動き回っていたのが監督。エキストラにも気さくに声をかけつつ、キャスト陣にもその都度直接演出をつけにいくフットワークの軽さが現場に心地いい一体感を生み出す。前作から引き続き参加しているスタッフも多く、木村もスタッフと立ったまま気さくに談笑することもしばしば。「今回は“再会”という形をとらせてもらったスタッフさんも大勢いらっしゃったので、最初から“お久しぶりです”という現場の空気の立ち上がり方でした」(木村)。クロークに置かれたベルをスタッフが何気なく鳴らした時は、すかさず「ご用ですか?」と応えるなど終始リラックスしたムードを主演として自然に作り出していた木村。だが時に撮影カメラマンが座る台座に足をかけ1人黙々とV字腹筋をしたりと、後半のクライマックスシーンへ向けてのストイックな姿勢も垣間見られた。
バディとしての変化 ―― 山岸の成長
2年振りに再びバディを組むことになった新田&山岸。「お芝居のアプローチの仕方は違うお二人だけど、役者としての相性はいいと思います。役としては時にバチバチとぶつかるところもありますが、基本は木村くんのペースが真ん中にあって、長澤さんもあるポイントではいい意味で譲らない芯の強さがある。長澤さんは木村くんとの共演に“毎回緊張する”と言っていたけど、彼女は何が重要かを把握している、とてもキッパリしたところのある女優さんですね」(監督)。
刑事、ホテルマンとしてそれぞれの立場から再びぶつかり合うシーンも多い2人だが、コンシェルジュデスクで声を殺しての口論などは息もピッタリ。前作よりホテルマンとして経験値が上がり、ホテル業務に慣れた感じのある新田だが、それでも山岸に度々目つきや言動を注意されるのは変わらず。シリーズものとしてはテッパンのやり取りに思わず頬が緩むが、「今回山岸は新田の“ホテルにいる人達を何としてでも守る”という姿勢を通して、人として一番大事なことに気付いていく。彼女の成長は本作で見せたかったことのひとつです」(若松P)。
演じる当人たちも、互いへのリスペクトを隠さない。「僕は長澤さんが『マスカレード』シリーズのれっきとした座長だと思っているんです。座長らしく今回もきちんと自分の責任を果たされつつ、普段はすごくキュートだしひょうきん。相変わらず素敵な方だなと思いました」(木村)。「木村さんは自分にすごく厳しい方。その厳しさでこの作品のシリアスな部分を引っ張ってくださるし、その厳しさの中にある芯みたいなものを木村さんがすべて背負ってくださる。そこに皆でついて行けたような気がしています」(長澤)。
木村、長澤、小日向の絶妙なコンビネーション長
木村、長澤共に共演経験があり、大ベテラン俳優でありながら現場の癒し的存在だったのが小日向。監督も「コヒさんはすごい人です!」と絶大な信頼を寄せる、頼もしい存在だ。ホテル内のチャペルで新田、山岸、能勢の3人で捜査について話し合うシーンでも3人の息の合ったコンビネーションが存分に発揮される。少しだけいい雰囲気(?)になった新田と山岸の間に、「あれ?お邪魔でしたか~?」とニコニコ笑いながら割って入る能勢の絶妙なとぼけ加減に、モニターを見ていた監督&スタッフも思わず吹き出す。台本には「…」としかなかったが、「チッ!」と小さく舌打ちをするような新田の芝居を木村が入れ込み、場の空気がゆるやかにほどけていくのも面白い。監督が「コヒさん、右に2㎜立ち位置動いて下さい」と言うと、「3㎜動いちゃった!」と小日向。「1㎜戻って~!」と応じる監督のやり取りに、全員が笑顔に。「小日向さん、かわいい……」と思わず心の声を漏らす女性スタッフも多々。テストでセリフの一部を失念してしまった小日向に、木村&長澤が小日向のセリフを同時に読み上げてフォローするなど3人のシーンは笑いが絶えることはなかった。
だが事件がすべて解決し、ホテルの前で新田と能勢が別れるシーンでは、それぞれが正反対の方向にまっすぐ歩いていく。刑事同士のウエットななれ合いは意外なほど皆無だが、それも監督のこだわりのひとつ。「自分の好きなように生きている人たちが、チームとして“ある一瞬だけ”同じ場所にいるというのが好きなんです」。互いを認め合っている2人だからこその鮮やかな別れ際に、監督ならではの美学を感じさせた。
パーティーシーンで魅せた木村のプロフェッショナル
クライマックスとなる“マスカレード・ナイト”のパーティーシーンは、前作でもロケ協力をいただいたロイヤルパークホテル(東京・日本橋)の宴会場を貸し切って行われた。会場の入り口では“マダムマスカレード”人形が華やかにお出迎え。フロントの豪華さとはまたテイストの違う、エキゾチックな妖しい飾り込みがされたパーティーフロアの奥には、赤いマスカレード(仮面)のオブジェが堂々と鎮座している。巨大なシャンパンタワー、きらめくシャンデリア、赤い布が互い違いに垂れ下がった空間は、思い思いの仮装をしたゲストたちで溢れかえり、異様な熱気に包まれている。ここで2度目のアルゼンチンタンゴを披露する木村は、朝から入念にストレッチを繰り返し、ダンスパートナーとなる俳優と軽く振りを合わせるなど気合十分。新田の仮装は黒い仮面のみだが、そのシンプルさが余計に木村のスタイルの良さを際立たせている。いざダンスシーンがスタートすると、キレキレのステップ&足さばきを見せる木村。フロアで異彩を放つ木村たちの姿に圧倒され、思わず芝居を忘れ見入ってしまうエキストラが続出。「皆さん、笑顔でお願いします!こちら(新田たち)とは関係なく、お正月を迎える直前の楽しい感じで!」と監督が慌てて演出するひと幕も。迫力のダンスシーンを様々なアングルから狙う臨場感あるカメラワークも冴えわたり、監督は2テイク目で快心の「OK!」を出す。だがモニターを真剣に見つめていた木村は「もう1回いいですか?」と監督に直訴。監督だけでなくスタッフにも「もう1回お願いします!」と頭を下げ、結局計3テイクすべて踊り切ることに。そこには決して妥協を許さない、プロフェッショナルな木村の姿勢が貫かれていた。ダンスを終えて一転、刑事の厳しい顔つきで牙をむく新田。ゆっくり歩きながら、セリフの1語1語を丁寧に抑揚をつけて発していく姿は先ほどまでの礼儀正しいホテルマンではなく、獲物を狙う刑事そのもの。一歩間違えれば芝居がかったシーンになりかねないところを、一切の躊躇や照れを排除し、完全にやり切ってしまうところが木村のスターたる所以。長ゼリフで珍しくNGを出した時は、「ごめんなさい!」とハッとするほどの熱量で謝罪していた姿も印象的だ。「木村くんはNGを出すと、毎回本気で謝ります。僕は彼が25歳の時から仕事をしていますが、とにかく変わらない人。モノ作りの姿勢が変わらないし、この仕事を一切ナメていない。この仕事の恐ろしさも分かっているんだと思う。そこは特筆すべき、木村くんの素晴らしいところではないでしょうか」(監督)。
最後まで力強く現場をけん引し続けた座長
「前作から木村くんと話していたのは、どこで刑事らしさを出すかという点。ホテルマンに扮している刑事が、完全にホテルマンを全うして終わっていくわけにはいかないので、変なところで斜めに立ってみたり急に眼光が鋭くなってみたりという芝居は、前向きに取り入れていこうと。この仕事ってアイディアが浮かべば浮かぶほど、面白くなりますからね」(監督)。原作、脚本のエッセンスは最大限尊重しつつ、今回も木村からは様々なアイディアが発信された。バックヤードを大急ぎで走ってくるシーンでは、ホテルの従業員を従業員専用のエレベーターに強引に押し込む動き、軽くダンスの振りをしながらホテルのロビーに入って来る所作、警察とホテルの緊急ミーティングではセリフがない間も内心のいら立ちを表すかのように、デスクの下で足を小刻みに貧乏ゆすりするなど……木村からあふれ出てくるものはすべて、新田という役を深く考察しなければ出てこないものばかりだ。その真骨頂が真犯人と狭い室内で対峙する緊迫のシーン。木村の熱演に、この時現場は水を打ったように静まり返った。テストから全く手加減なしで全力の芝居を続ける木村を、「それが彼のやり方なんだと思います」と監督。「例えば食べるシーンでもテストからガツガツ食べるし、それが木村くんのポリシーなんじゃないかと僕は思っています。すべては仕事をナメないということに繋がるのかなと」。犯人役の俳優とは普段は気さくに談笑することも多かったが、この日ばかりは2人の間に会話はなく、終始良い緊張感に包まれていた。
木村の座長としての存在感を感じたのは、何も撮影中だけではない。ホテルシーン、パーティーシーンと何かと出演者の人数が多い本作において、空気清浄機、消毒液を率先して差し入れしたのはもちろん、黒地に赤いヴェネチアンマスクがデザインされた特製マスクを、スタッフ全員にプレゼント。キャスト&スタッフの士気がアップしたのは言うまでもない。「今このようなエンターテイメントを成立させるためには、(マスクは)必要不可欠なアイテム。それを皆が同じものを着けて、ちょっとグルーヴ感が上がってくれたら嬉しいなと思って作っただけです」(木村)。現場至上主義でありながら、自身の役にはとことんまっすぐ向き合う。どこまでもぶれない木村の姿勢が、最後まで現場を力強くけん引し続けた。